ちゃっぴーの雑記帳

香川県で細々と演劇したりダンスしたり観劇したり本を読んだり映画を見たり……日々の思いや考えを綴っていきます。

Art Dance 朗読劇「身毒丸」


Art Dance 朗読劇「身毒丸

ニュー道後ミュージック

 


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 母を亡くした身毒丸に、父親が旅芸人の一座の美しい女、撫子を新しい母に迎える。
 身毒丸は撫子に馴染まず反抗ばかりし、父親は撫子を女としてではなく、家を構成するっ母親という役割しか与えないため、撫子は一人苦しむ。
 追い詰められた撫子は、ついに身毒丸を折檻し、二人が一つ屋根の下にいれば家は地獄に落ちると考え、身毒丸の目を潰す。身毒丸は復讐のため、撫子の連れ子せんさくを汚す。崩壊した家を見て父親は狂ってしまう。
 廃墟となった家で、ついに撫子と身毒丸は男と女として互いを認め合い、母と子の禁断の愛の境界線を超える。
 (フライヤーより引用)

 元々はアングラ演劇の重鎮、天井桟敷の「寺山修司」の舞台作品です。
 蜷川幸雄が演出、藤原竜也身毒丸を演じたのが有名です。

 

  • 「ニュー道後ミュージック」とは

 愛媛県松山市道後温泉の西50メートルほどの場所に位置する、四国唯一の老舗ストリップ劇場。1日4回公演です。

 

 「アングラ演劇が好き」とずーっと言い続けてきた割には、寺山修司作品を見たのは初めてという、アングラ好きの風上にも置けない存在だった私でした。戯曲などを読んで、なんとなくイメージしていた物と、舞台上の作品はマッチしていました。やっぱり白塗りなんですね、って所で何か関心。
 朗読とダンス、ってどういう風に融合するのかと思っていましたが、綺麗にまとまっていたように思います。

 朗読する人も世界観によった衣装とメイクで、時々、アンサンブルとして舞台に立ったり、本を置いて普通にお芝居してみたり、これは段取りも多くて大変だ。というか、この人たちは朗読専門、というわけではなく普通にお芝居も上手な感じがひしひしと伝わります。皆さん素敵でしたが、特に目を引くのは撫子役の「mihiromy」さんです。声のバリエーションの多さと、力強く綺麗な歌声と。それぞれに個性的ですが、特に「アングラっぽい」と思ったのは身毒丸役の「河島辰徳」さんの白シャツに黒スラックスです。きっと「ライチ☆光クラブ」の影響もあるんでしょうが、細さと白塗りと衣装で「あ、ぽい!」と思いました。

 身毒丸と撫子は朗読とは別にダンサーがいます。個人的にはダンス部分はもう少し激しさがあればなぁ、と思ったりしました。でも、それも「欲を言えばね」というレベルの話ですし、舞台の使い方も面白くって雰囲気も抜群によかったです。朗読とダンスをシンクロさせる、というのはとても難しそうだな、と見てて思います。朗読者とダンサーのタイミングはどうしてもズレる部分があって当然だし、気持ちの高ぶり方もなかなかシンクロさせるのは難しそうだな、と思ったり。

 最初に疑問に思ったのは「どうしてストリップ劇場でアングラ演劇するんだろ」という
ところでした。でも、何でしょう。完全にマッチしている訳でもないけど「ストリップ劇場でアングラ演劇を見ている自分」という部分には酔っていた気がします。それだけ「非日常感」は強かった。
 しかし、普通の演劇とは違って「演劇を見に来ている」という方ばかりではない空間というのは演者にとっては大変だろうな、と思います。そんな中でも物語が進むにつれて集中して張り詰められていくのは、朗読者・ダンサーの技量や会場、そして音響などいろんな要素がマッチしていたからなんだろうな。


 やっと念願の「初、寺山修司演劇」を履修しました。
 そして思うのは「やっぱりアングラって面白いな」ということです。そして「あぁ、寺山修司っぽい」とよく知らないのに思ったりします。
 ラストシーンはとても印象的で「母さん、もう一度僕を生んでください」という台詞の後に「地獄!」と続くのはとても凡人には考えつかない。「地獄」の

二文字が身毒丸と撫子の状況にぴったりで、これ以上の言葉は思いつかない。
 寺山修司の言葉は情景と色がついてくるような気がして、言葉が言葉を超えて意味を持っている錯覚に陥る。

 また、いろんなアングラ演劇がみたいと思った、松山市での出来事でした。